結婚したい30代アラサー女子が結婚相談所へ

ケジメなく欲望のままに行動するのは考えものだが、好き合った男女が手を握り合うくらい当たり前。

大正や昭和の初期とは違い、自分の慨侶は自分で探さなければならないという時代である。しかし、自分がよほどしっかりしていないと、いい男性はみんな他人にとられて、自分一人取り残されてしまつことにもなりかねない。

昔は男女とも、地域に強く根ざした社会生活を送っていた。地元で生まれ、地元で働くことが多く、同じ地域に生まれ、同じような家庭環境で育った相手と縁が結ぼれる、というパターンが多かった。

それゆえ、結婚を神霊世界から仲うぷすながみ介する神様である産土神(その土地ちんじゅの鎮守様)の働きも今日より活発であった。村祭りなどで出会いがあったり、真剣に祈り、素直な心でいると神縁ある相手と結ぼれたものである。

地方では、今なおこの方法で成功する場合が多い。しかし、問題は都会に出てきた適齢期の男女である。しかも神に対する崇敬心がなく、自分なりの偏狭、独善的な異性観に凝り固まっている。

自分の抱く理念、理想が逆に本人を呪縛し、身動きをとれなくしているケlスも多い。また、本人ばかりではすまず、彼女を恋い慕ってきた男性の愛情をも呪縛してしまう。この呪縛を解かない限り、女性はいつまでたっても、男を寄せつけない存在となろう。

●苦しみのまま死ぬと地獄へ行く

適齢期が過ぎても結婚できず、「結婚したい」と渇望しながら霊界へ旅立つと、悲惨な事態に陥る。特に、男の腕に抱かれてみたい、と思いながらも男を知らず死ぬと、猛烈な執著心と悲憤感が強くなる。また、満たされない未亡人などは暗いドロドしんぎんロした世界で附吟する。

これが、私が見た霊界の真実の様子であった。むろん、すでに肉体は失っているわけだから、欲望を満足させることひょうはできない。そこで地上の女性に滋依して、修女の体を借りて欲望を遂げようとするのである。

これが「色情霊」といわれるものだ。生前、女としての興味と情欲を抑えきれず、水子もつくってしまった女性と、好奇心と情欲を押し殺し、苦しみのまま処女で一生を貫き通した女性がいたとする。霊界ではどちらのほうが霊層が高いかといえば、それは前者なのである。

宗教家や倫理・道徳家には目をむいて異種乞唱えられるかもしれない。確かに水子をつくることは喜ぶべきことがらではない。母体を傷つけ、胎霊を曇らせ、水子霊を悲しませるが、そのことが原因で地上の人間に滋依したりすることは少ない。

ところが、いくら肉体的には純潔を守り通したといっても、苦しみ、執着心を抱いていたのでは、霊界でもやはり苦しい。むしろ、肉体がなく自分の感情や執念を隠すことができない分だけ、余計に苦しく者いともいえるのである。

オーネット・ツヴァイ・パートーエージェント

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